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物部守屋

4月5日

物部守屋

585年4月5日

敏達天皇14年3月1日)

仏教排斥を唱える物部守屋が、

疫病の流行が原因が仏教崇拝にあると奏上。

この時代

有力な豪族の

物部守屋

日本古来の神道を信仰していて

朝鮮半島からやって来た

新興勢力仏教を奨励する

同じく有力な豪族の

蘇我馬子と敵対していた。

結果的には

物部守屋蘇我馬子に討たれ

物部氏は滅びる事になります。

大阪の森ノ宮

守屋の宮が語源らしく

物部守屋が葬られた場所だったらしいですが

天変地異が度々起こって

守屋の祟りであると言う事になり

四天王寺

物部守屋の遺骨を移し

守屋が

極楽浄土に行けるようにと

神社では通常は東を向いている

鳥居を

極楽浄土のある方向の

西に向けたとの事らしいです。